5.翻訳、つまり本が来た!

それでも、何とか頑張っていた9月のある晩、ちょうど12時の頃でした。ファックスが流れました。    
黒々したマジックで大きな字で「響、翻訳やってみる?」と名古屋の友人、金山さんからファックスが届きました。
私はすぐに「やる」とだけ書いて返事を流しました。
ペニーの予言を何時も考えていたわけではありません。もう、ほとんど忘れかけていました。

それでも不思議なことに日記を書かなくてはと思っていたのですが、実際には生活に追われてそれどころではありませんでした。
とにかく、翻訳をすることにしました。
本がどういう分野のものか、ページ数がどれくらいのものかも全く分からないまま、「やる」と返事をしてしまった私でした。
相変わらず無知な私です。
翻訳と聞いただけでうれしくなってもううきうき。

翻訳料が入ってきて生活にも困らない……本が出れば印税も入ってくる……なんて喜んでいました。
この後、この本ができるまで、仕事をしながら5年半もの年月がかかるなどとは思ってもいませんでした。
本をもってマウイから帰ってきた女性から電話があったのは数日後のこと。候補者が私のほかにも三人いるとのことでした。(何だ、ご指名ではないのだ)と思いながら、とにかくその女性に会うことにしました。

アルタのまえに現れたのは若い女性でした。
須山さんと名乗りました。
私は喫茶店に入りました。
彼女が見せてくれた本は、カバーがついたおしゃれな装丁が施された本でした。

須山さんは「これがその本です。」といってカ-ド44枚のついた本を私に手渡しました。
「今、三人の候補者があります。二人には会ったのですがまだはっきり言って決定していません。宮さんの一番好きだと思うカ-ドをこの中から選んでください。」そう言うとカ-ドを裏返してテーブルの上に扇型に並べ始めました。
私はピンクに赤色が混じった色のカードを一枚とり「これが一番好きです」といって彼女の前に差し出しました。
彼女は一瞬びっくりしたような表情で私をまじまじ見ると言いました。
「この翻訳はあなたがすることになっているようです。実は、私が九州の家をでるときにマヤンオラクルのことを念じながら」カードを引きました。
そのとき引いたのがこのカ-ドなんです。私はこの本を出版してくれる会社はコスモと言う会社以外にないと思っていたので、大森に行ってすでに出版依頼をしてきました。
社長が『じゃあ、うちでやりましょう』と言ってくれたので、私は社長にカ-ドを引いてもらいました。
44枚のカードから引いたのがこのカードだったのです。このカードは出発と言うカードです。いよいよこの本が動き始めます。よろしくお願いします」と言いました。

この日を境に私とマヤンオラクルの長い旅が始まりました。
それにしても何と不思議なことでしょうか。
こんな風に翻訳者を決めてしまっていいのでしょうか。
はっきり言って須山さんという人は、私のそれまでの常識をはるかに超えた人でした。
とんでもないことを引き受けたのかもしれない、しかし私はわけの分からないまま興奮し、(よし、頑張る)と自分自身に言い聞かせていたのも事実でした。

次は、「6.次の仕事、英語スクール」