5.もう一つの趣味 …これも自分のために必要?

私は今パチンコにはまっています。本当は内緒にしておきたい話です。
家のものはちょくちょく私がパチンコ屋さんに出入りしているなんて知りません。行きつけのホールがあって一週間に一度か二度は出かけているなんて知りません。

実に古ぼけたパチンコ店……この頃よくあるパチンコホールとはまったくかけはなれた、建造されてから一度も改築していないお店……しかも広い敷地に白いモルタルに派手な着色をした、まるでお城のように堂々と建っているパチンコ屋さんがあるのです。

さざんかの生け垣が見事で、駐車場も広々としています。割と広いホールには古いパチンコの機械ばかりが並んでいます。
チューリップ型式が半分、新しいしかし何処かで使い古した機械を安く譲り受けたような、すり切れたRC型式(自動式のパチンコ でいわゆるフィーバーするパチンコ) のものが半分並んでいます。
ホールでかかる音楽は演歌がメイン。負けているときはやり切れません。もの悲しいのをとおりこして腹が立って来ます。

軍艦マーチもかかります。
よく注意しているとうぐいす嬢のアナウンスがありません。やたらと音楽が耳につきます。たいていは「××番のお客様大当たりです」とか「おめでとうございます。××番のお客様フィーバー開始しました」というアナウンスがひっきりなしに聞こえてくるものなのです。
そこのパチンコ屋さんは違います。音楽がずっと続いているのです。
宇多田ひかる、松たかこ、あれは年末ヒットした曲だ……あんな歌詞だったんだ……。それにしてもなぜ?、つまり大当たりが少ないから……。
それに気づいたのはうんと日がたってからでした。どおりで道理で儲かったことがありません。

ホールの景品交換所の前に、家庭向きの通販でよく見かける歩行マシンがおいてあるのですが、今で人が乗っているのを見たことはありません。
この店の常連は私を含め、たいてい「エンブレム」という機種に挑戦しています。どの人もまるで仇のようにこれを打っています。いわゆる昔風のチューリップが開いたり閉じたりするタイプのパチンコです。私も何度も挑戦しているのですがお金をもらったことは一度もありません。

ばねをはじいてみれば、相当な金属疲労の状態であることはすぐに分かるのです。台自体、年代物であるのはすぐに分かります。かなりの名人でもこのスプリングにかかったらコントロールは難しいと思います。玉は普通にはじいても一慣性がある運動をいたしません。くやしいほど玉の動きが読めません。たいていは一般的にいう、4番くぎをねらえばチューリップのVに落っこちて行くはずなのです。ところがその期待をみごとに裏切ってとんでもないところに行ってしまったり、Vに入る直前玉が弾き飛ばされて、つまり穴にいったん入ってもなぜかもう一度外に出てしまいます。

「あかん、バネが死んどる」と隣によく座る「哲学者」(私があだ名をつけたおじいさん)は苦い顔)
実際、玉が落ちて行くパネルの画面の上は、何十年もかかってそぎ取られたのでしょう、塗装がはげて、木肌が丸出し。おまけにえぐれた溝になってしまっています。パチンコのハンドルのプラスティックも欠けています。

私はここに来てから、恋する男性の心理を学習しました。
難攻不落の城攻め。そうです、気軽になびいてくれる女なら、そんなに追っかけないのに「なびいてくれない女をなびかせる」ことには血道を上げるという男性の心理がよく理解できたのです。
それが目的で毎日通っている人が一杯なのでしょう。「今日こそは」なのでしょう。勝てないと分かっていてもなぜか行きたくなります。五百円を投資して、ほとんど玉が無くなり「ああ、もう帰ろう。時間の無駄だ。」と思い立ち上がろうとするとジャラジャラ出てきます。

よくイメージトレーニングと言う言葉が使われています。私は意識的にこれをしています。パチンコをするときも例外ではありません。直観的に心に浮かんだ番号の席ですわったり、景品をもらって帰る私を想像したり、実際、玉が釘をかすって穴に入って行くのをイメージするのです。これはなかなかのものです。
いつのまにかそのパチンコ屋さんで顔見知りができました。
メンバーはほとんど毎日一緒のようです。私が「哲学者」とあだ名をつけた小柄なおじさんは多分70代前半。この人はぜったい毎日出勤しています。うちの前の家の旦那さん。山ん婆をほうふつとさせる太ったおば様。歯がまったくないおばさん……なぜだか、ジーンズをはいています。真っ赤なトレーナーの上下で現れる太った青年、もじゃもじゃ頭のひげのおじさんなどがもくもく煙りを上げつつ真剣にパチンコの台に向かっています。

哲学者なんかはホールのごみを拾っていたり、汚れた灰皿をティッシュで拭って回ったりします。その間、パチンコはコインをはさんでいるので、自動的に玉を送り出し、玉が入ればジャラジャラ音を立てて玉が出ます。
店内のたばこの吸い殻を拾うこともあります。飲んでしまったジュースの紙コップを回収したりして、きっと一日中そのホールで彼は動き回っていることでしょう。

つい先日のこと、オーナーが「娘さんいつ帰ってくるの」と聞きました。
娘と一緒に行ったのをちゃんと憶えていたのです。「5月かな」私は答えました。
あのホールでは「同病相哀れむ」と言うのでしょうか、戦友たち同士はお互いに気持ちが通じ合います。
「出んのう」「あかん、さっぱりや」「ほんま、今日はまったくあかんわあ。どうしたんやろ」といった会話がはずみます。「ねえ、出たことあるんですか」(お金をもらったことがあるかどうか……を質問してみました)すると哲学者は「出んかったら来んわ。たまにやさしくしてくれるんや。ほんまにたまに喜ばせてもらえわ」と台を見ながら答えてくれました。

困ったことにパチンコをするとタバコの匂いが身体にくっつきます。
それも密度の濃いやに系のにおいで、灰皿みたいなにおいが染みつきます。 現在、我が家には、誰もタバコを吸う人がいないので、この匂いだけは隠せません。あるとき、テレビで「ファブリーズ」とかいう繊維のにおいを取るスプレーのことを知り、ふりかけてみました。効果がありました。
猫のおしっこの匂いもこれでよくとれました。
それにしても私は自由な暮らしを満喫しています。

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