神々からのメッセージ
3.カルマについて
| 本の題名 |
メッセージの内容 |
| モーゼズの霊訓 |
罰は、つねに罪そのものが生み出すのです。それが罰の本質であり、けっして第3者によって割り当てられるものではありません。摂理を犯したことによる不可避の結果なのです。その報いから免れることは絶対できません。 |
| ベールの彼方の生活 |
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| シルバーバーチの霊訓 |
それが当人に賦課された税金であり、自分で綴っている物語であり、その筋書きは他の何ものによっても書き換えることはできないということです。全てが原因と結果から成り立っております。そこに自由の制約があります。 |
| ひふみ神示 |
メグリという申すものは自分のしたことが自分にめぐってくることであるぞ。他を恨んではならん。
この道に入ると損をしたり、病気になったり、怪我をすることがよくあるなれど、それは大難を小難にし、又めぐりが一時に出て来て、その借銭済しをさせられているのぢゃ。借りたものは返さなければならん道理ぢゃ。 |
| 前世療法 |
あなた方は自分の欠点に気づかなければなりません。もしそれを怠ると、次の人生にその欠点を持ち越す事になります。自分でため込んだ悪癖は、肉体を持っている時にだけ取り除く事ができるのです。1回1回の人生でカルマを返してゆかないと、後の人生はますます困難なものとなろう。どんな人生を送るかは、お前は自分で選択しているのだ。だから、お前は自分の人生に100%責任がある。 |
| 火水伝文 |
汝らが「身欲」を基にご苦労から逃れんと、「あやま知」使うて「利便」に走りたが「メグリ」の始まりと知りて下されよ。「身欲」が曇りの産みの親じゃ。
汝らが今辛くあるはメグリ由の型示しであるを存じて居るか。汝らもともと神成る身なれば、神の決まりを破りし時には、気付きある様、情けかくるがマコトそのことであるぞ。痛き辛きが何で情けであるものか、と人民様申さるるは知りて居るが、今はまげて聞き取りて下され。病みのマコトの因を知りて欲しいからぞ。 |
| 神との対話 |
因果(カルマ)が、良くなりたい、大きくなりたい、発達し成長したいという内的欲求をさすのであれば、そしてその物差しとして過去の出来事や経験を眺めるというのであれば、因果は存在する。だが、それは何かを要求するものではない。要求されることはなにもない。あなたは、これまでもこれからもつねに、自由な選択をする存在である。 |
「モーゼズの霊訓」では、罪は他の誰でもない自分が、摂理を犯したことによる不可避の結果であり、その報いから免れることは絶対できないという。
「シルバーバーチの霊訓」では、全てが自分が綴った物語が原因でありその結果は、他人ではなく自分が解消するしかないといい、カルマは人間の自由に対する制約であるともいう。
「ひふみ神示」では、カルマではなく、めぐりと言っている。
この場合のめぐりとは、自分が過去に作った借金を返すことをいい、そのために損をしたり、病気になったり、怪我をすることがよくあるという。それは自分の浄化のために必要だから起こっているという。
「前世療法」では、自分が色々な人生において、自分が選択した結果生じた悪癖をカルマと呼んでおり、そのカルマは肉体を持っているときしか解消できないという。
「火水伝文」では、自分の「身欲」を基にご苦労から逃れようと、「あやま知」を使って「利便」に走ったのが「メグリ」の始まりであり。この「身欲」が曇りの産みの親であるという。
そして、本心から改心し、感謝の響きが出てくれば、その時その場から心が軽くなって、善い方に向くのが解ってくるともいう。
これらに共通していることは、
人間にはカルマがあること、病気になったりすることは、総てが自分の責任であり、それを解消するには自分にしかできないということです。
だから、例え他人に病気を治してもらっても、自分で解消したわけではないので、 また別の形で出てくることになる。
つまり、カルマの解消にはならない。
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